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藝大リレーコラム - 第十四回 内海健「創造のために コロナ流行下の学生たちへ」

連続コラム:藝大リレーコラム

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第十四回 内海健「創造のために コロナ流行下の学生たちへ」

桜花があらかた散り終え、浅緑の若葉が芽吹く時期を、二十四節気で「穀雨」という。やわらかな慈雨が降り注ぎ、五穀を育む。この時期になると、私は決まって歳時記を開いてみたくなる。とりわけ今年は、街に人影がまばらとなり、色彩と光が眼から身体に沁み入ってくるような感覚がある。COVID-19は人々のつながりに大きなダメージを与えたが、反面、木々の緑は、日頃自分がいかに世事に煩わされているかを教えてくれているようである。

歴史上、最も猛威を振るったウイルスは、通称「スペイン風邪」と呼ばれるものである。第一次世界大戦中にパンデミックとなり、18億人の世界人口の3分の1にあたる6億人が罹患し、数千万人が死亡した。COVID-19は今のところ、罹患数も死亡数も100分の1である。ただ、当時と異なるのは、社会の相互依存性が比較にならぬほどタイトであるということである。
学部生の頃、医学が人類に最も貢献したのは感染症治療であり、同時に、感染症に対する完全な勝利はないことを、何度となく聞かされた。随分昔のことだが、それは今でも変わっていない。他方、ウイルスの側からみても、完全な勝利はありえない。なぜなら、ウイルスはホスト(感染する相手)がいなくなれば増殖できないからである。それゆえ、あまりにも毒性が高いウイルスは生き残れない。スペイン風邪の正体は、H1N1型のインフルエンザ?ウイルスである。今は弱毒化して、ごくありふれた病原体となり、ある意味人間と共存している。ただし、2009年には、変異したH1N1型が新型インフルエンザとして現れたので、油断はできない。COVID-19が今後どう推移するかについては、まだ不明な点は多い。ただ、資質に恵まれた本学の学生のことだから、手探りの中で英知を傾け、難局をしのいでくれるものと思う。

ところで、学生諸氏にはこの機会に見直してもらいたいことがある。一つは、寝食を忘れないということ。多くの藝大生が、身体のことをおろそかにしがちである。感染予防の第一は、良い体調にある。いま一つは、一人の時間を大切にしてもらいたいこと。行き過ぎた他者配慮と瑣末で洗練を欠いた情報の氾濫によって、息の詰まるような日本のカルチャーの中で、今回与えられた些少の孤立を、自身の芸術のための時空間としてもらいたい。病が癒える時、母が胎児を育む時、そして人が創造するとき、外からは何が起きているかうかがい知ることができない。この三つの時間は限りなく純粋に自己固有のものに近い。

今年は、入学式もないままに、新しい年度を迎えることになったので、最後に、毎年、オリエンテーションで、新入生に伝えてきたことを記しておきたい。もし、君たちが、今生きづらさを抱えているならば、多くの場合、それは能力のアンバランスによる。例えてみるなら、ポルシェで裏路地を走行しているようなものである。乗りこなすには、いくらか時間がかかるだろう。だが、いつかはその才がのびやかに芽吹くときがくるはずである。
五月に入り、穀雨から立夏へ移りゆくとともに、緑は濃く、むせかえるようになった。樹木はいささか薹の立ったたたずまいをみせはじめる。今、私は感覚の間口を少しすぼめて、みずみずしい感性をもった青年たちがキャンパスに戻って来る日を心待ちにしている。

(東京藝術大学保健管理センター内海健)

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コロナウイルスに対する自己管理については
/news/2020040984800.html

緊急事態宣言下におけるこころの健康については
/news/2020050788219.html

 

写真(上):左から『自閉症スペクトラムの精神病理』2015年、『さまよえる自己』2012年、『パンセ?スキゾフレニック』2008年

 


【プロフィール】

内海健
精神科医?保健管理センター長 1979年 東京大学医学部卒業 2001年 帝京大学医学部精神神経科学教室准教授 2012年 東京藝術大学保健管理センター?教授 著書 『「分裂病」の消滅』2003年、『うつ病の心理』2005年、『パンセ?スキゾフレニック』2008年、『さまよえる自己』2012年、『自閉症スペクトラムの精神病理』2015年、『金閣を焼かなければならぬ——林養賢と三島由紀夫』(近刊)など多数