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令和3年度 卒業?修了式(3/25)-かくあるべきか? かくあるべし!-

2022年03月30日 | イベント, 全て, 大学全般

令和3年度 卒業?修了式(3/25)-かくあるべきか? かくあるべし!-

日時:令和4年3月25日(木)
場所:奏楽堂

式次第
【第1部(学部?別科)】
1. 奏楽
2. 学位記?修了証書授与
3. 各賞授与
「卒業?修了買上作品認定」
「サロン?ド?プランタン賞」
「アカンサス音楽賞」
4. 学長式辞
5. 奏楽
【第2部(大学院)】
1. 奏楽
2. 学位記授与
3.各賞授与
「卒業?修了買上作品認定」
「サロン?ド?プランタン賞」
「大学院アカンサス音楽賞」
「ラリュス賞」
4. 学長式辞
5. 奏楽

 

3月25日(月)、咲き誇る桜の下、奏楽堂にて令和3年度卒業?修了式が行われました。

令和2年度に続き今年度の卒業?修了式も、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、式を2回に分け、卒業?修了生のみが参加して行われました。

式では、学位記?修了証書授与と各賞の授与に続き、澤和樹学長と音楽学部野原みどり准教授の共演でベートーヴェンのピアノソナタ第8番ハ短調、作品13「悲愴」の第2楽章「Adagio cantabile」が演奏され、スクリーンにはデジタル上野の杜プロジェクトの映像が映し出されました。学長式辞では、共に「自問自答を繰り返したうえでの決断」を芸術表現の神髄としていたと思われる世阿弥とベートーヴェンの共通点を取り上げ、巣立ちゆく芸術家たちへエールを贈りました。また、今年度で退任する澤学長から、4月より新学長となる日比野克彦美術学部長へバトンが渡されました。

式の様子はインターネットを通じてライブ配信され、卒業?修了生のご家族にご覧いただきました。

学長式辞

皆さん、卒業(修了)おめでとうございます! そして各賞を受賞された皆さん、おめでとうございます。

2020年春先からの新型コロナウィルスの感染拡大を受けて、世界中が100年に1度といわれるパンデミックに見舞われ、人と人の触れ合いが大きく制限されることになりました。皆さんのキャンパスライフも、対面でのレッスンや制作指導、あるいは、論文のためのフィールドワークが思うに任せず、さらに、芸術系で唯一のスーパーグローバル大学として大きな成果が現れ始めていた、海外の一流の演奏家やアーティストをお招きしての充実した授業やコラボレーション、また海外の大学や研究機関との交流事業がことごとく中止や延期を余儀なくされ、大変な苦労をされたことだと思います。

そのような中で、指導教員の先生方をはじめとするスタッフ、事務職員の皆様のサポートを受けながら、立派に本日、卒業(修了)の日を迎えた皆さんに心より敬意を表したいと思います。大変なこれまでの2年余りでしたし、まだまだコロナ収束というには至っていませんが、皆さんが、この試練にめげることなく、様々な工夫を凝らしながら困難を乗り越えてきたことが、きっと、今後の芸術家や研究者、教育者としての歩みにとって、力強いエネルギーとして蓄えられていることを信じています。

先ほど、ピアノの野原みどり先生との共演で聴いていただいたのはベートーヴェンのピアノソナタ第8番ハ短調、「悲愴」と題された作品13の第2楽章、Adagio cantabileをヴァイオリンとピアノにアレンジしたものです。「悲愴」という題名が示すように第1楽章と第3楽章は、ハ短調の悲劇的なパッションに支配された楽曲ですが、その2つの楽章に挟まれた第2楽章は、慈愛と寛容さにあふれたゆるやかな楽章で、過酷な状況からの救いと癒しを感じさせてくれます。ひと月ほど前から藝大のホームページで、この3月で学長を退任する私が、キャンパス内の様々な場所でこの曲を演奏し、藝大への感謝と今後の発展を祈る気持ちを込めたAdagio cantabile for Tokyo Geidaiという動画を掲載していますので、見ていただいた方もいらっしゃるかもしれません。

ベートーヴェンが28歳のころに作曲されたこの曲は、彼の初期の代表作ですが、ピアニストとしても人気絶頂だった20代半ばから、耳の不調を感じ始め、音楽家にとって致命的とも言える難聴の悪化により、32歳を迎える1802年には、有名なハイリゲンシュタットの遺書を残して自殺をすら考えました。しかし彼は音楽の力、芸術の力を信じて克服し、交響曲「英雄」、「運命」、「田園」といった名作を遺した「傑作の森」と呼ばれる時代を経て、晩年のピアノソナタや弦楽四重奏曲、「第九」交響曲などは、人類史上、最高の芸術として高く評価されています。ほとんど何も聴こえない状況に置かれるなかで、ベートーヴェンは、心の中の音を探し続けた事で、前人未踏の境地に達したのかもしれません。

日本が世界に誇る舞台芸術で、ユネスコの無形文化遺産にも登録されている能楽を大成した世阿弥の名言として伝わる「初心忘るべからず」という言葉があります。一般に「初心忘るべからず」とは、「物事を始めたころの純粋で謙虚な気持ちを忘れてはいけない」と解釈されることが多いようですが、世阿弥はさらに「是非の初心忘るべからず」とも記しており、これを物事の善悪を自問自答したうえで決断する。すなわち「かくあるべきか? かくあるべし!」とする解釈があるそうです。興味深いのは、ベートーヴェン最後の完成作品となった弦楽四重奏曲第16番の終楽章の冒頭には「ようやくついた決心」という走り書きとともに “Mu? es sein?(かくあるべきか?)” “Es mu? sein!(かくあるべし!) ”とドイツ語で書かれています。この謎めいた言葉の真意は定かではありませんが、ベートーヴェンが死の直前に到達した境地を、更に400年も前に世阿弥が能楽の秘伝書である「花鏡」に記していることは、極めて興味深く、私にとっては、洋の東西、そして400年もの時代を隔てた2人の天才が、共に「自問自答を繰り返したうえでの決断」を芸術表現の神髄としていたようにも感じられます。

さて、皆さんの中には卒業(修了)とはいっても、このあと、さらに大学院に進学したり、助手や助教として藝大に留まる人や、留学や就職、あるいはそれぞれのアーティスト活動で藝大を巣立っていく人など様々だと思います。

東京藝術大学は、明治20年(1887年)に東京美術学校と東京音楽学校がここ上野の地に開校され、この2つの専門家養成機関が母体となって昭和24年に新制大学に生まれ変わりました。大学となってからも、芸術の創作者、表現者、研究者、教育者の養成といったところが、大学の中心的な使命であることに変わりはありませんでした。しかし近年、とりわけここ数年は、世の中が東京藝大に期待するところは大きく変化していると思います。

昨年秋までキャッスル食堂があった大学会館は、今年の秋には国際交流会館として生まれ変わるため現在工事中ですが、その左側にある銀色に光る建物は東京藝大COI拠点の本拠地として大学と企業とのコラボレーションにより世の中に役立っていくイノベーションを生み出す目的で芸術と最先端技術を駆使した様々な取り組みが行われて来ました。

先ほど、皆さんがこの奏楽堂に入場された時に上演されていたのはクラシック音楽の中でも特に人気の高い、ヴィヴァルディの「四季」に映像研究科のプロデュースで、世界的な4人のアニメーション作家に音楽に相応しいアニメーションを制作していただき、さらに企業との共同開発で、AI(人工知能)が生演奏に同期して画像を送り出す上映システムを作り出しました。先ほどお聴きいただいたのは生演奏ではなく、録音した音源ですが、画像の方は、リアルタイムで、その音源に同期しています。演奏家が交替して、微妙にテンポなどのニュアンスが違ってもAIが感知して画像を同期させてくれます。

また、美術学部の伝統的な文化財保存修復の匠の技に高精細のデジタル技術を融合させた「スーパークローン文化財」は、国宝に指定されて門外不出の貴重な文化財を外見だけでなく、素材の科学的な成分分析にまでもこだわった高い次元のクローンを作り出すことで、「保存と公開」というジレンマを解決しています。更に、戦争やテロによって失われてしまった文化財を復活?復元する事で、外交面でも高い評価につながっています。

また障害があるために一本指でしかピアノを弾くことが出来ない少女の夢をかなえるために、伴奏とペダルが自動追従し、華麗な演奏が出来る「だれでもピアノ」は、人生100年時代のウェルビーイングに役立つ楽器として医療や福祉の現場での活用が期待されています。東京藝大のCOI(Center of Innovation)は、芸術と科学の融合で、社会の多様なニーズに応え、また地球規模の気候変動問題の解決や持続可能な開発目標と訳されるSDGsの実現に大きく貢献できるということが次第に認知されはじめています。

今後も藝大は、卒業してゆく皆さんの活躍の場を、さまざまにプロデュースして、一般大学の就職支援とは一線を画した、藝大ならではのキャリア支援の在り方を模索し、推進してゆく所存です。

先ほど、ベートーヴェンの演奏の際に、スクリーンに映し出された上野公園の桜の映像は、美術学部建築科の金田充弘教授の研究室によるデジタル上野の杜プロジェクトの3Dスキャン映像です。

本日の奏楽堂での卒業式の模様も、直接、この奏楽堂に入っていただけない保護者や関係者の皆様にもデジタルツインの奏楽堂にバーチャルでお入りいただき、臨場感を体験していただくなど、東京藝大デジタルツインを使った新たな試みが行われています。

どうか、卒業後も行方不明とはならず、常に藝大とつながっていただきたいというのが私の願いです。

私自身も、6年間の学長任期を満了し、同時に定年を迎えるため、学生時代から数えると実に49年間の藝大生活を終了します。皆さんと同期の卒業生です。

藝大アートプラザが、小学館とのコラボレーションでリニューアルされたときに、ピッカピッカの1年生だった私も、ついに卒業となりました。アートプラザでは、カズキチャマ卒業記念セールを実施中です。是非、お立ち寄りください。

次期学長に就任される日比野美術学部長も、小学生に扮して、小学館の相賀社長と3人での動画も好評でした。まるでドラえもんとジャイアンとのび太君のようだと評した人もいました。4月からはドラえもんからジャイアンにバトンが渡されますが、新しい藝大の発展と、若い皆さんの多様性に満ちた今後の活躍をお祈りしています。

本日は本当におめでとうございました。

 

令和4年3月25日             
第10代東京藝術大学長 澤 和樹